仮面(元)、1Kの隠れ家

心が暇なので、厨2病だった頃に思いを馳せて、痛々しいものを書きたい

蟹男

 けたたましく鳴り響くサイレンの音で飛び起きる。

 目に入ったのは白い壁と天井で囲まれたいつもの無機質な部屋、床には市民プールのシャワールームのようなタイルが広がり、出入口は外から厳重にロックがかけられており、そこに私は閉じ込められている。

 そのはずなのだが、今日は何故かその扉が開いていた。
 寝る時に困るくらいうるさい蛍光灯のブーンと鳴り響く音は、サイレンにかき消されてほとんど聞こえない。


 私は何も疑問に思うことなくその扉を開き、外へ出た。しかし、外には誰もおらず、サイレンの音だけがうるさく鳴り響いていた。どうやらこの階層から職員は既にいなくなっているらしい。

 階段をめざして歩いていると、後ろから何かが追いかけてきたのを感じた。咄嗟に振り向くと何者かがすぐそこまで来ており、振り上げられた左腕の肩から先が、カニの爪のような形状になっている。

 異形の姿をした男に驚いていると、私はあっさりそのカニの爪に袈裟斬りにされ、鮮血をぶちまけてその場に倒れ込んだ。
 
「なんだこいつ、検体じゃなくて職員の生き残りか?」

 男はそうぼやくと、すぐさま走ってその場を去ろうとした。


 しかし私は慣れた手つきで泣き別れになっている自分の胴体をくっつけ、よろよろと立ち上がった。血を失っているので、少しクラっとしたが、血液もすぐに回復するので問題は無い。


男は酷く驚いたようだった。

「確実に切断したんだけどな」

そう残して今度は頭上から股下にかけて一直線にカニの爪で切り裂かれた。流れるように見事な手さばきだった。

 今度は切断を事前に覚悟していたので、倒れることはなく、そのまま切断面を押さえつけて再生させた。



 逃げろ、そいつは脱走したレベル5の被検体だ、と後ろから声が聞こえた。
 振り返ると、片腕が欠損した職員が拳銃片手に佇んでいた。どうやら私を他の職員と間違えていたらしい。レベル5の被検体と呼ばれた蟹の男はすぐさま私を斬り直し、その切断面と切断面の間を通り抜けて職員に向かって一直線に走っていった。そのまま職員の銃弾を躱して裂き殺した。

 彼は自分をジュンと名乗った。この研究機関に収容された被検体の一体であり、自称最強の異形との事だ。自分の腕で殺せなかった生物は居ないらしい。私が初めて死ななかった生命体だと教えてくれた。

 何者かと聞かれてので、私は答える。
私は不死身の肉体を持った被検体であり、機関は私を殺すための研究と実験を毎日行っていた。


 何をやっても死なない私と、絶対に殺す蟹男、この2人が鉢合わせたのは偶然ではない気がする。


蟹男に10回ほど体を切り裂かれながらそんな考察をしていると、彼は飽きたのか着いてこいと一言述べた。


 私は言われるがままに彼について行った。もしかしたら自分を殺せるのは彼だけなのかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、けたたましくサイレンが鳴り響く廊下を彼と2人、駆け出すのであった。