あしおにぎり
おにぎりが好きな男がいた。
男は毎日おにぎりを食べていた。
昼の弁当はおにぎり3つ、夜飯もおにぎりと味噌汁。
男に欲はなく、楽しみもなく、娯楽を知らない。ただひたすら毎日決められた場所で労働し、帰って飯を食べて寝る生活を送っていた。
男は職場が嫌いであった。
職場には男に嫌がらせをする同僚がいた。
同僚は毎日くだらない嫌がらせをして男の仕事の邪魔をする。邪魔をされた男の仕事の効率は低下し、やがて職場で男は能無しだと言われるようになった。
男は大変腹を立てた。
しかし、これまで感情を表に出したことなど1度もない男は、怒りの表現の仕方が分からなかった。
しかし、これでは腹の虫が収まらぬ。
男は無意識に、おにぎりを握りしめていた。
そしておもむろに職場の靴箱へ向かい、男は握りしめたおにぎりを、同僚の靴の中にねじ込んだ。
見つからないように奥へ奥へと押し込んだ。
我に返った男は驚いていた。
自分の好きなおにぎりを、人の靴の中にねじ込んでいる自分に。
──私は一体、何をしているのだ。
しかし男の中には疑問とは別の感情が止めどなく溢れ出ていた。
愉悦と快楽だ。
おにぎりを詰め込まれた靴に足を入れ、やがて異物感に気がついて足を引き抜き、自分の靴下に夥しい量の米粒がくっついていることに驚愕している同僚の顔を男は想像していた。
なるほど、これが楽しみなのか。これはたまらん。こんなにも気分が高揚したのは初めてであった。
男は娯楽を覚えた。