仮面(元)、1Kの隠れ家

心が暇なので、厨2病だった頃に思いを馳せて、痛々しいものを書きたい

贅沢に悩みたい

気がつけば引きこもりがちな生活になっていた。



今はコロナを理由に部屋に閉じこもっていたが、昨年は宅浪で自習室とバイト以外で外に出ることもなかった。高校の記憶は鮮明であるのに、引きこもりが習慣となって、昔から引きこもっていたのではないか?と、何故か錯覚するようになった。



僕にも贅沢な悩みくらいあるはずだ。高いPCは欲しいし、毎日美味しいものが食べたい、不自由なく生活してしたいし、ゲームしたいし、絵をいつまでも描いていたいし、仕事なんてしたくないし、女とも遊びたい。


だが、今挙げた中でまともに悩んだものなんで1つもない。
あ、飯だけは贅沢したいから今これは置いとこう。ナシだナシ。
高いPCがなくても、多少不自由な生活でも、ゲーム出来なくても、絵が描けなくても、社畜になっても、彼女が居なくても、別にいい。まぁ欲しいが。でも本気で悩んだことなんて1度もない。
だってこんな贅沢な悩み、まるで高等遊民みたいじゃないか。


死なない程度に日々を生き、大学の課題を即座に片付けたあとは、3年前から習慣となった大学受験の勉強をし、夜はTwitterと、ツイキャスに時間を溶かしている単なるマヌケだ。


自分の人生に不満足であるから三浪もしているのに、どこかで今の生活に満足してしまっている。上に挙げた誰でも持ちそうな悩みなんて、本当はまったく悩んでなんかいなくて、日々を省電力モードのように節約し、消費している空虚な人生を受け入れている。


もっと色んなものを本気で望み、そして悩みたい。


金が欲しい。賞賛の声が欲しい。彼女が欲しい。童貞を捨てたい。家族が欲しい。
誰でも抱きそうな悩みにもっとかじりつきたい。将来なんて、せいぜい地元か、もっと田舎のどっかそこらの安い土地で適当に暮らし、何も考えずに呑気に日々を消費する人生でいいと思ってる。


まともな人間になれと20年間親に教育されてきた結果がこれだ。

もっと贅沢に悩んどきゃよかった。